フットサルクラブINTRO.メンバーによる交換日記式ブログ。
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人生の宝箱。
2009-07-13 Mon


じゃすてぃです。

出会いと別れの夏がやってまいりました。






さて。

今日は、フットサルネタです。



フットサルチームというのは、それぞれで。

会社の仲間だったり、

大学の仲間だったり、

地域だったり。




いろいろな母体があるわけです。


わたくしども、F.C.INTRO.。




徳永英明氏の某ファンサイトを母体に発足したわけですが

今年2009年、八周年を迎えます。







2001年の7月29日。

鶴の一声・・・ていうか、俺の一声ですが、

運命の悪戯のように、このチームが誕生しました。



あの日、あの時。

俺が口にしたのが、なぜ「フットサル」だったのか。



人が集まって何かやろうかというとき、

その選択肢というのは、無数無限にあると思うのです。



そのうちの一つがスポーツであり。

さらにそのうちのひとつがフットサル。




例えば、サッカーでも、野球でも、ソフトボールでも、

あるいはテニスでも卓球でも・・・・

何のチームでもありえたわけです。



でも、あの瞬間、“天から降りてきた”言葉が「フットサル」でした。



その後、2002年日韓ワールドカップの盛り上がりもあり

モー娘がフットサルをやり始めたり

全国各地にフットサル場が濫立したり

テレビやCMでもフットサルとスポーツを目にすることが多くなってきて

今やプロリーグまで誕生してしまいました。






でも、あの当時、フットサルなんてスポーツは

知ってる人の方が少なかったわけで・・・。





フットサルというスポーツとの

なんとも運命的な(偶然の)出会いでした。







エンジョイ系フットサルチームを

3年も5年も続けるというのは、

簡単なようで非常に難しいことです。




他ならぬFCIも、2008年だかには、いろいろな関係者から

「もうFCIはフットサルチームとして心肺停止状態になってしまってます」だとか

「実質上FCIは解散です」だとか

そんな話を耳にするようになっていました。



まあ、限られた固定メンバーでやっていたチームだったので

フットサルができなくなったとしても

もしほんとに各選手の事情で集れなくなっているのなら

それはそれでしょうがないのかなと思っていました。

(俺も仕事で脱退したわけだし)





で、2008年11月。


俺がフットサルをやれるようになって、

またみんなが集り始めてくれて、

身体は動かないながらも、楽しくフットサルを再開してみて。




いろいろ気付いたことがあります。




フットサルチームをこうして続けてきて


フットサルチームの魅力には

「縦軸」と「横軸」があるんじゃないかと感じるのです。





フットサルを続けていく魅力について、

「縦軸」と「横軸」と名づけつつ

ちょっと真面目に書き綴ってみようかと思っています。

(・・・本題突入。あれ?前置きが長すぎる?)








★横軸=「個性・人間性」


フットサルというスポーツに、真剣に向き合った場合、

たとえば、勝ちたいだとか、点を取りたいだとか

その為の、何かしらのチームとしての約束事だとか、共通認識だとか、

そういう問題にチームが直面します。




で、ピッチ上の五人。FPの四人。



正直、上手い下手は別として

いつも慣れている人(分かり合えている人)の中に

ひとりでも助っ人や初参加の人や久々の人など

いつもと違う人が入ると、

とたんにチームのリズムが狂ってしまう。



逆に、分かり合えている人とやる場合は

戦術だ約束事だとかのレベルとかを超越した感覚的な部分で

「きっとこの人だったら今こうするだろうな」とか分かるし

逆に周りも自分のことを同じように分かってくれてるんだろうと思うのです。



お互いがお互いのことを手に取るように分かり合えるようになる。

それがフットサルのひとつの魅力です。



同じ局面に向かい合ったとしても、人の判断はそれぞれ。

気短かにシュートを狙う人もいれば、

仲間の動きを見てパスを考える人もいれば、

パターンどおりの動きをしようとする人もいれば、

失点のリスクを常に優先する人もいる・・・・




おもしろいほどに、個性・人間性がプレーに現われます。


もっといえば、その日のその人の気分さえも

プレーの選択に現われてくるわけで、

プレー振りを見るだけでその人の心が感じられるわけです。





そして、さらに素晴らしいことに、

フットサルのピッチで得たものはピッチ外の人間関係にも持ち出せるし、

ピッチ外で育んだ人間関係をピッチ内にも持ち込める。


・・・これがフットサルの素晴らしさ。



モーニング娘の吉澤さんが

「もーむすの新人には、ホンネでいうと、みんなフットサルをやらせたい」

と言っていたのも、きっとこれと同じ感覚なんだろうと思います。



「殴り合ってこそ真の友情が芽生える」とか言う格闘家がいましたが、

それに似た感覚。(おそらく)


いっしょにフットサルをやって、ともに走ったからこそ、

わかりあえる何かがあるのです。




このように、その時代のその瞬間においての周りのチームメイトとのつながり。

個性・人間性がおもしろいほどに分かり合える素晴らしさが

フットサルの魅力の「横軸」だと思うのです。










★縦軸=「時間・年齢・人生」



これは、去年、フットサルを再開してから気付いたことです。



同じ面子で長年やっているからこそ気付いたこと。




フットサルの7分なりの試合で、人生の中での時間の流れというのか、

年齢と言うか、人生と言うか、

上手くいえないのですが、そういう時間の、人生の重みみたいなものを感じました。




上手くいえないので、具体例なんですが、

一番最初にこの「縦軸」に気付いたのが

リュウ選手の存在でした。




リュウがはじめてFCIに参加したのが2001年11月25日。

当時リュウが中学校二年生でした。



リュウはその後ちょくちょく参加してはいたのですが

リュウが10代だった頃は、

やはり大人の中に子供が混ざっているというような感じがありました。


もちろん、リュウはサッカー部で上手かったんですけど

それとは別のなんというか・・・感覚的な部分です。


当初は、リュウに戦術的に何かを求めるわけでもなく

「前で好きにやっていいよ」みたいな、

周りの大人にそんな感じで言われ、自由にプレーしていました。



で、2008年11月かな。

リュウと久々にフットサルをやって、

もちろん、周りが期待したわけではなかったのに、

むしろ周りはリュウはリュウだと思っていたのに、

当の本人のプレーが、明らかに変わっていたのです。



これはいっしょにピッチに立ったからこそ

感じられた思いかもしれません。



チーム発足当初は俺が25歳、リュウが14歳。

で、いざ去年久々にやってみたら、

すっかりリュウがチームを助けてくれていて、

俺のミスだとか、走れない部分とかを

ぜーーんぶリュウがピッチでやってくれたのです。



“チームのため”のプレーができる

すっかり大人になったリュウ。





ピッチ上でリュウに助けられているという現状に

時間が流れたんだなぁ・・・っていうか

リュウの成長と、自分の衰えと、

人生とか、年齢とか、

あのフットサルのピッチで、ほんと、

いろーーんな思いがよぎりましたよ。




同級生との同窓会とか、

あるいは従弟と久々に会ったりして、

飲んで語って、

みんな大人になったんだなーなんて思うことはありました。



が、このフットサルというスポーツは、

もっとリアルに現実を突きつけてくれるのです。


昔と同じようにいっしょのピッチにたってボールを追って走ることで

飲んで語っただけじゃ分からない何かを

俺に突きつけてくれたわけです。






同じピッチに立っている仲間。

そのとき仲間と育む関係が「横軸」。



そしてそれが、三年五年八年とチームの歴史を重ねることで

変化していくのが「縦軸」。





「あの日、あの時、フットサルを選んでよかった」

と某SY君にふと話したら、

某SY君は“フットサル人気”のことを言っているんだと思ったらしいのです。



が、そうではないのです。



フットサルというスポーツは、

コンビネーションというか、お互いの息遣いというか

敏感な、繊細な・・・選手の関係が不可欠なスポーツ。



だから、テニスだとか、野球だとか、あるいは11人制サッカーでは

こういう人間関係だとか、歴史だとかは、培えなかったと思うのです。


これだけの「縦軸」「横軸」を張り巡らせることができるのは

他のスポーツではなかなか難しかっただろうと。


もちろん、他のスポーツだと無理だったといっては言いすぎでしょうが、

フットサルというスポーツは、ほんと、目に見えて分かりやすいというか。





フットサルを再開した2008年の秋ですか。

この、フットサルの「縦軸」「横軸」とかを踏まえて

練習の後の飲みとかで言ったかもしれませんが、

こうして現在を迎えて

フットサルというスポーツに感謝する気持ちが

はじめて芽生えました。




スポーツに感謝する・・・・って、こっけいな発想だと思います?

(擬人法ちっくデスヨネ)





で、俺、自分がこういう心境になって

ちょっと思い出したことがあります。



誰だったか、何のスポーツだったかもあやふやなんですが

引退を迎えたベテランの選手が、(たしか野球だったような・・・)

引退の会見のコメントか何かで、

こう言ったのです。






「野球を愛しています」




スポーツを愛する・・・引退会見で

この擬人法ちっくな発言を聞いたとき

まだ子供だった俺は、

あーこの人は野球馬鹿で、大の野球好きなんだろうなー

くらいにしか思っていませんでした。





でも、きっと、違うんですよね。




そのスポーツが、

自分の人生において大切な存在で

そのスポーツに打ち込むことで自分自身がたくさーーんのことを学ばせてもらったり

あるいは恩恵を受けたりしている・・・・




そのスポーツが人生のさまざま財産を与えてくれるからなんですよね。


だから、その種目を、“愛する”という発想になるんだろうと。








今年の目標に「基本に戻ろう」みたいなものを掲げましたが、

それも実は、フットサルというスポーツに対する

感謝だとか、敬意の表れだったりもします。

(適当に取り組んでいたかつての自分に反省しました。)




真摯な気持ちでフットサルに取り組み続ければ

今からまた三年、五年・・・と縦軸が進むにつれて

またおそろしいほどの宝物を

チームにもたらしてくれるんだろうな・・・

(あとは、実際俺らがそれができるのかできないのか)







俺はもちろんプロでもなんでもないですし、

そのプロの選手と同等のレベルで語るのもおこがましいとは思います。





でも、今になって、確かに、思うのです。。




フットサルのピッチは、人生の宝箱。





確かな事実として、フットサルというスポーツと出合って

みんなで一つになって勝利を目指したりする中で

いったい、どれほどの財産を享受したというのでしょう。





今FCIにあるもの、、、

それはフットサルをやることを通じてもたらされたものばかり。




個人的にも、こういう健康志向になってなかったかもしれないし、

この若さ(?)もなかったかもしれない。





・・・いろいろなその価値の大きさはもはや、計り知れなひ。語りつくせなひ。





だから、フットサルというスポーツに

感謝する気持ちでいっぱいの2009年なのです


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