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恋とか、愛とか。そして恋愛とか。
2009-07-02 Thu
七月に入りました。
今月も早々に更新のじゃすてぃです。

六月・・・ついにこのブログも勢いが止まりましたね

残りあと半年、後半戦のスタートです。
執筆者の皆さん、あと六回、がむばりましょう。





さて。

アメブロには恋をしている人が多いという記事がありましたが、
FC2ブロガーのFCIですが、恋と愛について一度くらいは書いておきましょうか。








特に写真もありませんが、そして、絵文字も使いませんが、
ま、お酒でも飲みながら、まったーりと読んでいただきたいものです。


※BGMは徳永英明氏の『星と月のピアスと君の夢』でお願いします。
(各自ご準備ください)





まー、恋とか愛とか。

くっつければ“恋愛”になるわけですが、この二つをどう区別するのか。





今夜は、恋の意味、そして、愛の意味について綴っていこうかと思っております。




インド帰りのとく選手のHPで、
下心があるかどうかで区別する、という有名な話が出ていましたが。
http://www.enpitu.ne.jp/usr7/76817/diary.html


わたくしの一意見ですが、
といってもこれはもう、10年前くらいに考えて行き着いていたことでもあるのですが。
大学四年くらいのときかな、いろいろ考えたものです。






というのは、愛なのです。

家族愛、兄弟愛、師弟愛、人間愛、友情・・・・



愛というのは、相手の存在を自分の中に受け入れて
相手のことを自分のことと同じく、
あるいは時としてそれ以上に想うことが・・・・・愛。






よく聞くエピソード。

いわゆる二股をして、二人を愛してしまう人がいて
で、相手に見つかって、その相手が

「二人なんて愛せないのよ!
 もし、私とそのコと、二人が同時に死にそうになったら
 あなた、どっちを助けるの?どちらかしか助けられないでしょう!?」

とかいって詰め寄るという話。




でも。

俺に言わせれば、というか、俺の定義上ですが
二人を愛するというのは、可能なのです。

さっきの二股の話ですが、
例えば、二子の赤ちゃんが生まれたとして、
どちらを愛するの!?って聞く質問が愚かなことのように、
愛というのは、複数に対して持ちえるものなのです。
両方を愛する、というのは、心理的に可能だと考えてます。

家族愛にしても、人間愛にしても、母親の愛にしても、
万人に対してさえ抱きうる感情なのです、愛とは。






で、次に、


恋というのは、分かりやすく言い換えるならば、
独占欲といいますか。

相手を自分のものにしたいとか
相手を自分に関わらせておきたいとか
自分の望みどおりの関係や存在であって欲しいとか
そういうような心理を表す言葉だと考えています。

自分以外の異性とは仲良くして欲しくないとか
あるいは付き合っているもの同士であっても、
相手が自分の思い通りにならないと怒ったりするものですが
あれも、結局は、自分の望みどおりの関係や存在を願った裏返しであり
いわゆるこの恋の作用反作用なわけです。

ま、もちろん、複数人を自分の思うようにしたければ
複数人に対して恋をするという心理状況になることも
理論上はありうることになります。





恋愛という言葉は、恋+愛で組織される言葉ですが
たとえば、恋だけあって愛がない場合もあるでしょうし、
(↑単に相手を思い通りにしておきたいという状況)
逆に、愛だけあって恋ではない場合もあるでしょう。
(↑自分とはかかわりがないとしても、相手の幸せを望むような場合)


でも、難しいのは、恋と愛が共存していて、
そのバランスをどういうカタチでとるかということ。

たとえば、すっごーく恋をする気持ちが強い場合、
(俺の定義だと)すなわち、相手をコントロールしたい願望が非常に強い場合、
愛も同じように大きくならないと、
すなわち、相手のことを自分のこと以上に考えられる懐の深さがないと
一方的な束縛の強要みたいになってしまいます。

でも、そのような懐の深さがあったとしたなら(=深い愛があるなら)、
そもそも相手のことを自分の思うようにコントロールしたい(=超恋してる)状況には
なかなかならないんだろうと思われるのです。
受け入れることと、押し付けることは相反するわけですから。


てわけで、両立することがあるとすれば、
超恋している状況(=相手に関わっていきたい)を
うまく愛に転化して、相手の思うことをかなえていく(=愛)こと。

すなわち、いい恋愛が成立する場合とは、
相手の思っていることを叶えながら相手に関わっていくことが
お互いのいい位置関係を構築していくことにつながる場合のみ。

(↑これは名言ですよ)





かつて『愛は勝つ』というKANの大ヒットソングで
とにかく信じていれば最後に気持ちが相手に伝わってうまくいくはず
みたいな歌がありましたが、あれは、妄想以外の何物でもないでしょう。


もちろん、強引な営業トークと同じで
「お客様は、今はまだ乗り気じゃないけど
 きっと我が社の製品の購入しもし使ってくれたら、
 絶対気にいってくださるに違いない」
みたいな発想でアプローチすることも不可能ではないと思いますが。。。

ほんとに自分に自信があるか、
単に己を知らないだけか・・・どっちかなんだろうな、そういう人は。





結婚・・・・俺は、ご存知のように、
現行の結婚という制度には
どちらかというと懐疑的な考え方をしています。


結婚をして、結婚をする以前よりシアワセになったカップル・・・
あまりいないよねー。(春名さん風)

そういうのを目の当たりにするたびに
なんでみんなあんなにこぞって結婚したんだろうなーなんて
思ってしまうわけですけれど。


ま、ザレゴトですけど。

ええ。

イントロマニアの方にはお分かりかもしれませんが、
今夜はビールを飲みながらの更新です







もし結婚するならば、ですが。

恋・・・すなわち、相手を自分の思うようなところに置いておきたいから、
というのではなく。

愛・・・すなわち、相手がそれを求めているから、
つまり、自分との結婚によって相手が幸せになる、というのであれば、
結婚というのも選びうる一つの選択肢にはなると思う。

恋だけで結婚したら悲惨だと思う。
結婚自体で、相手を思う所に置いておくという目的を達成できちゃうからね。
(あとは何が残るんだろう・・・。)





ちなみに。


下心(Hしたいって気持ち)は、ひとつの欲求ですから。
人間の三大欲求ですよね。

8時間眠らないと睡眠が足りない人や、
ご飯を二杯食べないとおなかいっぱいにならない人がいるのと同じように、
下心をいっぱい持っている人はいるわけで。


その大きさに個人差はあって当然。

ただ、恋とも愛とも恋愛とも、
あるいは結婚しているかどうかとも、
論理必然な何かの関係はないはずなのです。

だからこそ要注意といえば要注意ですが、
ま、そういう相手を選んでしまったのが失敗というか
ある種、自己責任なんじゃないかと俺は思ってしまうわけですが。





さて。

以上は、俺が大学四年くらいのときに思ったこと、でした。
(一度か二度か、日記などには書いたことがあるような気がする)


さて、恋と愛がくっついた恋愛という言葉。


これは、徳永ファンの多くの方々もそうだと思うのですが
やはり、俺も、赤い糸っていうのは、一本だけ
つまり、たった一人の運命の人っていうのがいるんだろうという
ある種の“信仰”にも似たような思想を持っています。



が、、、、、、、、この赤い糸信仰については、またいずれ。



では、七月も頑張って参りましょう!
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